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職人さん達とスパイスカレーを作ってみた
いつもマッシュデザインのお仕事をしてくださる職人さんと弊社スタッフ、ありがとうの感謝の意味と同じ釜の飯を食う戦友として、みんなでスパイスカレーを作って食べよう!と企画し町内在住の職人さん達と作り始めた。
玉ねぎを飴色になるまでじっくり炒め、スパイスを入れ、トマトを入れ鶏肉を入れ、調味料を入れ、更にスパイスをいれ、、、準備から食べるまでになんと二時間を要した。みんなお腹ペコペコ。
そして実食!
常日頃仕事仲間として接してる職人さん達と一緒に作り一緒に食べるカレーは格別だっだ。
みんないい笑顔をしている。
毎回、毎回汗水たらして一生懸命仕事をしてくれる彼ら、いつも無理言ってごめんなさい、そしてありがとう。これからもよろしくお願いします。
「一歩」という言葉
一昨年始から始まった高校の同級生との登山。
最初は低山から脚を作り、慣らし、標高を少しずつ上げ、御在所岳、木曽駒ケ岳、乗鞍岳、仙丈ケ岳、御嶽山、富士山と登ってきました。
ロープウェイやバスでかなり上まで上がれる気軽な山もあれば、森林の中をひたすら歩き、岩場を這うように登るような山もあります。
まだまだ、ほんの少ししか知らない登山初心者の私ですが、毎回しんどい思いをしながらも頂上に立てた時の達成感とその雄大な景色のご褒美があるからこそ、また次の山を目指す気持ちになれます。道中いつも楽しい訳ではなく、キツく辛い場面は幾度となくありました。
そして富士山の頂上に立った時に一つの言葉の本当の意味が分かりました。
「一歩」
普段何気なく使っているこの言葉、きっとこの登山をしなかったら気づくことがなかったと思います。
自分の脚を前に出す事で進む、当たり前のことですが、その一歩一歩を重ねる事で日本一高い富士山の頂上に立つことができたわけです。
一つ一つを大切に、慎重に、まじめに、着実に行う事、その積み重ねは必ず大きな成果に結びつきます。その一歩を踏み出すのが怖い時もあると思います、勇気が必要な時もあると思います。でもその先には行った人しかわからない景色があります。
人生ってそういう事の繰り返しと積み重ねなのですね。
富士山の頂上にて、そんな「一歩」という言葉の尊さに気が付きました。
残された時間
気が付くと、もう55歳です。折り返し地点は過ぎています。残された仕事の時間を考えると、弊社の定年は60歳。あと5年です。経営者なので特に関係はないのですが、仮に65歳までだと考えても、あと10年。年間3棟建てられたとしても30棟。本当に数えられるだけの数になってきました。
東京での経験を胸に、家業を継ぐため帰郷したのは30歳になる年でした。その前に父親である社長から、人生の選択肢を与えられていました。
「このまま廃業するなら、色々清算して“0”にできる。苦労のわりにそこまで儲かる仕事でもない。他に働きに行くか、それを承知で継ぐか。」
その返事に時間は掛かりませんでした。
「田舎の工務店でもデザインを持ち込めば、他にない武器となる。会社を継ぐために今まで勉強や仕事もしてきた。だから、継ぐこと以外考えていない」
と伝えました。
それからもう25年。お客様やスタッフのお蔭で、なんとかやってこられました。そして振り返ると、150軒を超える住まいや店舗を建てさせてもらってきました。
いろんなお客様から大切なお金を預かり、「住まい・店舗」という形に変え、お支払い下さった額以上の感動や価値を提供できればと、一生懸命、無我夢中で「自分でも住みたい!働きたい!」そう思えるものを、心の底から楽しんで取り組んできました。
これから先の残された時間では、「心の底から生活を楽しむ方」に、全力で向き合いたいと思っています。
夢を語って下さい!実現させ、必ず倍にしてお返しします。
これが私の覚悟です。
本物が持つ表情
裏山散歩と登山
我が家は川辺町(標高100m)の西、少し高台(標高110m)に位置しており道を渡れば山楠公園という町一番の大きな公園があります。その一角に水道山と呼ばれる標高176mの小さな山があり、夏から毎朝高低差66m(高層マンション22階建てに相当)を散歩として愛犬ダル君(ダルメシアン)と共に登っています。
これを始めたのも去年の2月頃から高校の同級生による登山部に入部し3000m級の山々を登るようになり、御岳山(標高3067m)を登山した際下りで膝を痛めてしまい、その原因は筋力の無さによるものという事だと分かったからです。その後の富士山登山も控えていたので「それまでに脚を作らねば!」と言うのがきっかけ。
そして毎日登り始めていくと次第に「脚だけ鍛えてもなぁ、腕が貧弱では、、、」と腕にウエイトを付けて登りはじめ、更に「胸やお腹周りがノーマークだなぁ、、、」となり結局自宅にトレーニングマシーンを導入。
登山というより「筋トレ」がメインになってしまいました。
しかしながら、この歳(当時54歳)で始められてよかったと思います。今まで散々不摂生を繰り返してきた身体、これからは衰えていくフェーズに入っていく。となると、今から身体を整え鍛え維持していかなくては楽しい趣味の生活も送れなくなる。
登山との出会いがきっかけで鍛え始めた身体は、今までの人生で一番カッコいい身体になりつつあります。


















