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「一歩」という言葉
一昨年始から始まった高校の同級生との登山。
最初は低山から脚を作り、慣らし、標高を少しずつ上げ、御在所岳、木曽駒ケ岳、乗鞍岳、仙丈ケ岳、御嶽山、富士山と登ってきました。
ロープウェイやバスでかなり上まで上がれる気軽な山もあれば、森林の中をひたすら歩き、岩場を這うように登るような山もあります。
まだまだ、ほんの少ししか知らない登山初心者の私ですが、毎回しんどい思いをしながらも頂上に立てた時の達成感とその雄大な景色のご褒美があるからこそ、また次の山を目指す気持ちになれます。道中いつも楽しい訳ではなく、キツく辛い場面は幾度となくありました。
そして富士山の頂上に立った時に一つの言葉の本当の意味が分かりました。
「一歩」
普段何気なく使っているこの言葉、きっとこの登山をしなかったら気づくことがなかったと思います。
自分の脚を前に出す事で進む、当たり前のことですが、その一歩一歩を重ねる事で日本一高い富士山の頂上に立つことができたわけです。
一つ一つを大切に、慎重に、まじめに、着実に行う事、その積み重ねは必ず大きな成果に結びつきます。その一歩を踏み出すのが怖い時もあると思います、勇気が必要な時もあると思います。でもその先には行った人しかわからない景色があります。
人生ってそういう事の繰り返しと積み重ねなのですね。
富士山の頂上にて、そんな「一歩」という言葉の尊さに気が付きました。
残された時間
気が付くと、もう55歳です。折り返し地点は過ぎています。残された仕事の時間を考えると、弊社の定年は60歳。あと5年です。経営者なので特に関係はないのですが、仮に65歳までだと考えても、あと10年。年間3棟建てられたとしても30棟。本当に数えられるだけの数になってきました。
東京での経験を胸に、家業を継ぐため帰郷したのは30歳になる年でした。その前に父親である社長から、人生の選択肢を与えられていました。
「このまま廃業するなら、色々清算して“0”にできる。苦労のわりにそこまで儲かる仕事でもない。他に働きに行くか、それを承知で継ぐか。」
その返事に時間は掛かりませんでした。
「田舎の工務店でもデザインを持ち込めば、他にない武器となる。会社を継ぐために今まで勉強や仕事もしてきた。だから、継ぐこと以外考えていない」
と伝えました。
それからもう25年。お客様やスタッフのお蔭で、なんとかやってこられました。そして振り返ると、150軒を超える住まいや店舗を建てさせてもらってきました。
いろんなお客様から大切なお金を預かり、「住まい・店舗」という形に変え、お支払い下さった額以上の感動や価値を提供できればと、一生懸命、無我夢中で「自分でも住みたい!働きたい!」そう思えるものを、心の底から楽しんで取り組んできました。
これから先の残された時間では、「心の底から生活を楽しむ方」に、全力で向き合いたいと思っています。
夢を語って下さい!実現させ、必ず倍にしてお返しします。
これが私の覚悟です。
本物が持つ表情
裏山散歩と登山
我が家は川辺町(標高100m)の西、少し高台(標高110m)に位置しており道を渡れば山楠公園という町一番の大きな公園があります。その一角に水道山と呼ばれる標高176mの小さな山があり、夏から毎朝高低差66m(高層マンション22階建てに相当)を散歩として愛犬ダル君(ダルメシアン)と共に登っています。
これを始めたのも去年の2月頃から高校の同級生による登山部に入部し3000m級の山々を登るようになり、御岳山(標高3067m)を登山した際下りで膝を痛めてしまい、その原因は筋力の無さによるものという事だと分かったからです。その後の富士山登山も控えていたので「それまでに脚を作らねば!」と言うのがきっかけ。
そして毎日登り始めていくと次第に「脚だけ鍛えてもなぁ、腕が貧弱では、、、」と腕にウエイトを付けて登りはじめ、更に「胸やお腹周りがノーマークだなぁ、、、」となり結局自宅にトレーニングマシーンを導入。
登山というより「筋トレ」がメインになってしまいました。
しかしながら、この歳(当時54歳)で始められてよかったと思います。今まで散々不摂生を繰り返してきた身体、これからは衰えていくフェーズに入っていく。となると、今から身体を整え鍛え維持していかなくては楽しい趣味の生活も送れなくなる。
登山との出会いがきっかけで鍛え始めた身体は、今までの人生で一番カッコいい身体になりつつあります。
アウトドアショップを始めた理由
日本は毎年何らかの大きな災害に見舞われることが多く、その度住処や尊い命を無くされる方々も少なくありません。そして仮設住宅で暮らされたり、ペットの受け入れが困難な場合に於いては車中泊を余儀なくされたりする方もいらっしゃいます。
そんな中、別の地域では「テレビの向こう側の話だ」「我が家は大丈夫だろう」とどこか他人事に思いながら過ごされる方も少なからずいらっしゃいます。
実はそんなこともなく、活断層やプレート以外でも直下型の地震は、その頻度こそかなり低いがどこでも起こりうるし、地震だけに限らず、大規模な火災や土砂災害、台風、大雨などによる水害も起こります。つまり、みんなが自身の事と思い直し、被災地での教訓を生かし日々の生活を見直す事がとても大切だと思います。
そのような災害について、住宅を設計・提供する立場としては、万が一を想定し暮らす事を伝える義務があるように感じました。それは「太陽光があるから電力はそれなりに確保できますよ」とか「蓄電池を付ければ1日、2日暮らせます」とかいう話だけではなく、住まいがどうにかなってしまい、その設備が当てにならなくなった時に暮らす術をも含め伝える事ではないのか?と思い始めました。
どうしたら日々の生活を送りながらも、災害時の生活に備える術を身に着けていくのか?と思いを巡らしていたら「バーベキュー、キャンプ、焚き火」が思い浮かびました。
一過性のブームに終わらせず、災害時の生活の術として、それらのギアを使いこなし、使い倒す事こそ、生命財産を守る大きな力になると私は信じています。


















